「やっぱり来たのね」
 図書館に着くなり、その場の主の第一声がこれだった。あまりにもあんまりだったので、私は思わず苦笑したのだけれど。当の魔理沙は、きょとんとした顔で、
「すごいな、予知能力か?」
 などと言っている。まぁ、予知能力くらいあっても別に私は驚かないのだけれど、流石に湖近くまで近付けば魔力感知ですぐに分かるものだと思う。
 さて。
 初めパチュリー・ノーレッジという名前を聞いて、私が思ったのはあからさまに偽名だろう、常識的に考えて……ということだったのだけれど、なるほど、悪魔は確かに本当の名を簡単に名乗ったりはしないものだ。真の名を知られるというのは、すなわち自身を掌握(しょうあく)されるに等しい。まぁ、案外本当の名前だったりするのかもしれないし、別にどっちだったって私は一向に構いやしないのだけれど。
 そんな感想を抱いたのも、いつだったか。
 改めて、図書館の主の方を見遣る。
 ゆったりとした薄紫の絹の法衣を(まと)い、足元に置かれた燈灯(ランプ)の淡い光を受けて、紫水晶のように(きらめ)く長い髪を振り揺らし、深く揺り椅子に腰掛けたまま、奥より入り口を振り(あお)見遣(みや)る顔は、退屈そうにも不機嫌そうにも見えるが、その実どちらでもないだろう。
 何しろ、手元に置かれた魔導書は右手側が厚いままなのだ。
 全く、皆素直じゃない。
 (あき)れて()(いき)()けば、
「アリスも大概(たいがい)だと思うぜ」
 白黒の魔法使いはにやけた顔で私を小突いて言う。
「……否定しないけれど、あなたに言われると納得行かないわね」
 そして、不平の意を()めて視線を流せば、おどけたように返して言う。
「私は正直だぜ」
 参った、とばかりに(てのひら)を上にし、肩を(すく)める。
 それにしても。
 いつ来たってここは(ほこり)っぽい場所だ。右も左も膨大な量の本が並ぶ。まるで谷だ。いつだったか来たときには、樹海のようにも感じられたっけ。
「ところで」
 年中日陰で過ごす魔女が一つ咳払(せきばら)い。
「で、今日は何の用かしら?」
「月見に来たぜ」
 私は(あき)れた。
「まだ昼よ」
 呆れたので思わずそう(つぶや)いた。
 けれど魔女は気にしたふうもなく、むしろそんなことは気にも掛けない様子で、全く不思議そうな顔をして言うのだ。
「月見ならいつもどおり巫女とすればいいでしょう」
 ……確かに。
 私も何で紅魔館?とは思ったけれど、季節の風物を(なが)めるのなら、神社が一番適していると思うし、実際魔理沙はこれまでもそうしてきたではないか。パチュリーの言うことも、もっともなことだと思った。
 (くだん)の、謎の挙動をした魔理沙は、あっけらかんと言う。
「たまには本の虫と一緒にってのも悪くないぜ。読書の秋だしな」
 相変わらず自由な性格だった。
 ふと、悪戯心(いたずらごころ)が湧いた。
「……ダメよ魔理沙、どうせ月より羊皮紙なんだから」
「別に食べてるわけじゃないわ、山羊じゃあるまいし」
 む、と眉間にしわが寄ったけれど、すぐに涼しい顔に戻り、何でもないようにさらりと返す。なら、私はただ応じるだけ。
「あら、山羊は悪魔の象徴じゃなかったかしら」
 くだらない。
 くだらない応酬(おうしゅう)だけれど、本当にくだらないけれど、何だか心地いいのは何故かしらね。
 呆れて返す魔女も、どこか楽しそうに見えるのは、気のせいかしら。
「私は魔女よ、悪魔じゃないわ」
 どちらでもいい。そう思って、あまり深く考えるのをやめた。
 それよりも。
 何だ、悪魔じゃなかったのか。